サポチル NPO法人 子どもの心理療法支援会

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サポチル20周年記念インタビュー 平井正三(理事長)「一人ひとりの子どもを大事にし、一生懸命に関わっていく」[後編]

今回お話を伺ったのは、認定NPO法人「子どもの心理療法支援会」(サポチル)の理事長を務める平井正三さん。 
京都にある御池心理療法センターでは、子どもや家族、大人の心理相談を担当しています。臨床心理士の資格を持ち、日本国内の大学院で修了後、イギリスのタビストック・クリニックにて子どもと青年の精神分析的心理療法の専門訓練を受けました。
イギリスでの経験において、子どもや家族への心のケアが精神分析的アプローチを通じて無料で提供されている公的支援の一環であることに深く感銘を受け、その経験をもとに、日本でも同様の実践を広めたいという思いから、2005年に「子どもの心理療法支援会」(サポチル)を設立しました。
全2回に分けてインタビューを行いました。インタビューの前編では、平井さんが精神分析に興味を持ちイギリス留学を決意するまでの経緯と、サポチルにおける精神分析的心理療法の実践の特徴について話題にしています。一人ひとりの心のありようを探求する姿勢が印象的でした。後編では、心理支援の実践についてより深く踏み込んでいます。

 

 

子どもたちが見ている世界から大人たちが気付かされること

 

―心理支援が子どもたちにもたらす効果について教えてください。

心理支援にはさまざまな考え方がありますが、現代においては「問題がすぐに解決するアプローチ」が求められていることが多いと感じます。しかし、実際にはそのように問題をすぐに解決することは難しく、特に子どもと家族の問題に関しては、単に表面的な問題がなくなっただけでは真の解決にはならないことが多いです。

たとえば、不登校の子どもが学校に戻ったからといって、その子が抱える問題が解消されたとは限りません。目に見える問題がなくなったからといって、それが長期的に見て解決になっているのかどうかは疑わしいと思います。それを踏まえた上で私たちが行っている精神分析的アプローチについてお話しますが、私たちが行っていることは特別なことではない、普通の子育てで行っていることだと思います。 

子どもたちが誰にも言えないような葛藤を抱えたままで、人と関わっていくのはとても難しいことですよね。私たちは、子どもたちが感じていることを理解し、彼らがどのように世界を見ているのかを一緒に探る。そんな支援を通じて子どもと家族のコミュニケーションの橋渡しをするのが私たちの仕事だと思っています。じっくりと時間をかけて話を聞いて、共に過ごし、その葛藤を感じ取ることが大切です。その結果、親や家族に対しても、その子どもがどのような困難を抱えているのかを伝えることができ、子どもや家族の間での理解が深まることがあります。とても興味深いことに、このように理解されることや伝わることが子どもたちの助けになるということが徐々に明らかになってきています。精神分析におけるこのような支援は、子どもと家族の生活をよりよくしていくのに非常に重要な役割を果たしていると思います。

 

ーセラピストとして子どもたちと関わるときには、どのようなことを心がけていますか。

セラピストとして大切なのは、子ども一人ひとりに対する関心を持つことです。どんな子と向き合っていても、ハッとさせられる瞬間があります。すぐにこの子はこうだと決めつけるのではなく、じっくりとその子と向き合うことで、子どもの方からも心を開き、いろいろなことを教えてくれるようになります。

 

(キャプション:心理療法で用いるおもちゃの一部)

 

ーお仕事をされているなかで、印象的だった出来事はありますか。

印象的なことばかりですが、仕事をやっていると子どもたちから多くのことを教わります。特に印象的だったのは、自閉症スペクトラム障害(ASD)の子のことです。その子は10年以上心理療法に通っていて、とても長い付き合いになります。その子は当初、何も話さず、ただ窓の外を眺めているだけでした。私も試行錯誤したり、悩んだりしながら関わっていたのですが、支援学校の高等部に入った頃から次第に話をするようになったんです。

その子に「家からあまり出ないで引きこもっている男の子っているかな」って言われて、「おるんちゃうの」って答えたんですが、自分のことを話していると思いました。私が長い時間彼と関わるなかでようやく気づいたのは、その子にとって人の世界に入ることがとても難しいことだということです。窓の外を通る人がいても、それを眺めるだけで。それが彼のあり方なんだと思いました。

その後その子が、だいぶ話してくれるようになったとき、「自分は最下位がいい。競争は嫌いだ」と言っていました。私は競争のなかで生きることが当たり前だと思って生きてきたので、本当に考えさせられましたね。

この経験を通じて、子どもたち一人ひとりが持つ独自の感性や生き方を尊重することの重要性を改めて感じました。たとえば学校に行くのが当たり前、競争が当たり前、というような価値観は必ずしもすべての子どもに当てはまるわけではないと学びました。

彼が話してくれるようになったきっかけは、私自身もはっきりとは分かりませんが、特別支援学校に通い始めたこともあり、プレッシャーが和らいだことが大きかったのかもしれません。それでも、私が心理療法を通じて行ったことが無意味だったとは思いません。彼にとって、ずっとそばにいてくれる人、理解しようとしてくれる人がいるという感覚が支えになっていたのではないかと思います。それは本当に馬鹿にならないことだと他の子どもたちを見ていても思います。

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【サポチルの今後の展望について】

 

日本での子どもと家族の支援は、既に一定の公的な支援が行われています。最近では、子ども家庭庁が設立され、全国の地方自治体に子ども家庭センターが設置され、子どもと家族の支援が進められています。しかし、じっくりと子どもや家族を見つめて支援する姿勢が十分に浸透しているとは言い難いのが現状です。精神分析的アプローチのように、非常に細やかな対応をすることは、現代の日本社会の文化や風土において難しい部分もあるのかもしれません。しかしそうしたアプローチで初めて、いわば救われる子どもや家族がいるのではないかと思います。そのため、公的な支援の枠組みには乗りにくい子どもや家族の支援を引き受けることが私たちサポチルの使命だと考えています。

サポチルは、家庭の経済状況にかかわらず、それぞれが抱えている問題に対して支援を行うことで、子どもたちが健全に成長できる社会を目指しています。サポチルでは、現在子どもたちの支援活動を財政面で支えてくださる方を募集しています。


5000円の寄付で、誰かのワンセッションが無料になります。
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インタビュアー・構成/山本薫乃(ヨリミチ)

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