サポチル NPO法人 子どもの心理療法支援会

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フロイト・タビストック探訪記 ー精神分析の歴史ー

 

ロンドンのハムステッドにあるフロイト博物館とタビストッククリニックの探訪記をお届けします。初夏から夏のイギリスは大変美しく、日本と比べ気温も低く爽やかです。この涼やかな風景と共に、精神分析の歴史が息づく二つの場所の記録をお届けします。

 

今回訪れたフロイト博物館は、精神分析の創始者シグムンド・フロイト(1856-1939)が人生の最期を過ごした家です。彼は1860年に家族と共にウィーンへ移り住み、1938年にロンドンへ亡命するまでの約80年間をウィーンで暮らしました。フロイトが40年以上を過ごしたウィーンのベルグガッセ19番地の家も、現在はウィーンフロイト博物館として公開されています。1930年代にはいりナチの勢力が拡大するにつれ、ユダヤ人であったフロイトは、人生の大半を過ごした街を離れざるを得なくなりました。ギリシャの王女やイギリスの精神分析家の助けを借り、フロイトがロンドンビクトリア駅へ到着したのが1938年6月。駅で、また新聞誌面で、フロイトは彼にとって最後の地となるイギリスから熱烈な歓迎を受けたそうです。ウィーンの厳しい状況を潜り抜け、たどり着いた先で受けた歓待と、花と緑に溢れた初夏のロンドンの風景は彼の目にどのように映ったでしょう。

1923年にがんの診断を受けて以来、30回以上の手術を含む長きにわたる闘病を耐え抜いたフロイトでしたが、1938年9月に受けた最後の手術は、彼の残された気力と体力を徹底的に奪いました。フロイトは医師として自らの運命を予見していたのか、手術の前に晩年の重要著作『モーセと一神教』を書き上げています。興味深いことに、このエッセイ第3部の序論は二つ存在します。一つはウィーン、もう一つはロンドンで書かれたもので、二つを並べると彼の気持ちや取り巻く状況の変化を見ることができます。『モーセ』を構想した1930年代初頭、ウィーンで暮らすユダヤ人精神分析家として、ナチの脅威と、彼の生命を蝕むがんとの闘いは、文字通り死と隣り合わせの日々だったことでしょう。その作品を完成させたロンドンの書斎から直接出る庭を彼はとても好んだそうです。先日訪れたそこは藤と薔薇が満開でしたが、フロイトが亡くなった86年前の9月23日はどうだったでしょうか。機会があれば初夏から初秋、庭の綺麗な時期にぜひ覗いてみてください。

 

フロイト博物館から徒歩2分の場所に位置する、NHS(the National Health Service 国民健康サービス)のタビストック&ポートマンNHSトラストへも訪問しました。今回は、このタビストッククリニックの歴史についてご紹介したいと思います。タビストッククリニックは世界的に知られる精神分析的心理療法などの訓練機関として有名ですが、その最初の患者は1920年9月20日に診察した子どもでした。元々タビストッククリニックは、1920年にヒュー・クリチトン=ミラーによって設立されました。これは、第一次世界大戦中にシェル・ショックなどの戦争神経症治療で培われた知見を、市民向けの心理療法に応用することを目的とした、当初3年間のプロジェクトでした。しかし、クリニックは閉鎖されることなく拡大していったのです。名称の由来となったタビストックスクエアから、1965年5月に現在のベルサイズレーンへと拠点を移しました。戦前から、「愛着理論」で有名なジョン・ボールヴィーはクリニックに関わっており、彼の仕事は、イギリスのみならず世界中の小児科の運営方針へ影響を与えたほどでした。1990年代にかけて、クリニックは子どもの発達や心理療法に関する教育・研究においてリーダー的な役割を果たしました。この時期以降も、アン・アルヴァレズのような重要な研究者や臨床家がここから輩出され、『自閉症とパーソナリティ』(1999年)のような影響力のある著作が生まれています。近年では、トラウマユニットがその対象を広げ、亡命者、難民、退役軍人、そして幼少期に虐待を受けたサバイバーの、複雑性・発達性のトラウマへの取り組みを強化しています。

以上クリニックの歴史に関しまして、以下のリンク先から簡単に抜粋し紹介しましたので、詳細はこちらでご覧ください。

 

今回、駆け足で紹介した二つの場所は精神分析の歴史と実践を体感できる貴重なスポットです。互いに徒歩わずか2分の距離にあるこれらの場所を、機会がありましたらぜひ訪ねてみてください。英国の爽やかな季節、精神分析の旅に出かけてみませんか。

また、写真とともに探訪記をSNSで公開しておりますので、ご興味がありましたらぜひ。

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2025年5月

(広報グループ担当理事 仁木一栄)

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