サポチル NPO法人 子どもの心理療法支援会

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夏休み連載 「こころの羽の伸ばし方」 レビュー記事#1 伝統芸能の革命児たち

こころの専門家のバックステージ:私たちは何を見て、どう感じ、心を育んでいるのか 

 

 玄関に靴を脱ぎ捨て、靴下を洗濯機に放り込み、鞄を背負ったまま手を洗う。鏡に映った疲れた顔を見る。脂ぎった皮膚はくすみ、小さな皺という皺にファンデーションがよれて沈んでいる。目の下には、アイライナーかマスカラのカスが張り付き、朝とは違う意味で目元が際立っている。こんな夜はカレーだ。鍋に適当な具材を放り込み、ルーと共に煮込んで完成。ノンアルコールビールをコップに注いで、Youtubeで坂上祐生監督のドキュメンタリーコンテンツ『仙女魂/日本武道館への道』の視聴をはじめる。

 

泥臭く、しぶとく、美しく

 

 これは、センダイガールズプロレスリング(通称:仙女)という女子プロレス団体の密着ドキュメンタリーである。プロレスのルールはよく知らなくとも、個性豊かな選手たちに魅了され、誰もが夢中になってしまうだろう。女子プロレス界最強と謳われる橋本千紘のがっちりとした肩、背中、貫禄のある佇まい。何より「かわいいって言われたい」というリングの上とのギャップにはほっこりさせられる。この橋本ばかりでなく、どう自分を磨き、どのように見せ、ファンにプロレスをどのように楽しんでもらえるかを悩み続ける選手たちがおり、その姿勢に勇気づけられる。

 最近では、高校を卒業したばかりの練習生・高野玲菜の成長を食い入るように見てしまう。初日の練習は緊張感に満ち、先輩たちの練習についていくのもやっとで、見ている側も不安にさせられる。入団から2か月が経った『練習生、里村さんからの初評価』の配信回では、肩回りの筋肉も増えた高野が、先輩方にスパーリングをお願いする。先輩レスラーである岡優里佳との体重差は20㎏。高野は岡に何度も投げられ、嗚咽にも聞こえるような大声をあげ、疲弊していく。リング外の先輩たちからの「立て」という声援を受けて立ち上がり、教わったばかりの投げ技を繰り出した。その姿を見た社長の里村明衣子は、目を輝かせて「面白い」と発言する。タイパ、コスパの時代には受け入れられない泥臭さかもしれない。しかし、目の前のプロレスに没頭する高野という若者の美しさに胸をうたれる。果たして、中年の私には、あれほど一つのことに夢中になる力が残っているのだろうか。

 私は、精神分析的心理療法をオリエンテーションとする心の専門家になりたいと思っている。精神分析的な心理療法では、大人、子ども、家族など対象は異なっていても、それぞれのペースに合わせてじっくりと時間をかけて関わっていくことに特色がある。同時にセラピスト自身の心技体を磨くためにかける時間もまた、他のオリエンテーションに比べて膨大だ。特にタビストックモデルでは、乳児観察やワークディスカッションなど、臨床事例以外の場面を観察し、それを言葉にし、グループで考える訓練を行う。

 真面目に訓練すればするほど時間もお金もなくなるし、こんなに忙しいのに一体何をして、心を豊かにすればいいのかと思う。夕飯とともにYoutubeを見ている生活のなかでも刺激はあるが、Youtubeを見れば見るほど、この興奮を目の当たりにしたい、体験したいという欲望が湧いてくる。

 

ひとつの体験から広がる自由な考え

 

 

 コロナ禍と呼ばれたほんの数年前より、講談師の神田伯山がYoutubeチャンネル『伯山ティービィ―』にて寄席の楽屋の様子を配信している。私は、コロナ禍の時にこの配信を見て新宿末廣亭に行き、夢中になってしまった。それ以降もふらふらと寄席や独演会、シブラクなどに足を運んでいる。『伯山ティービィー』の楽屋では、おじさんたちが火鉢を囲んでお茶をすすり、くだらない冗談を言い合う緩やかな雰囲気が映し出されていたが、いざ伯山の高座を目の当たりにすると、彼の醸し出す鋭利な緊張感に圧倒された。

 さて、精神分析を学ぶ人で落語が好きな者は、藤山直樹の著書『落語の国の精神分析』を読んでいるだろうと思う。落語の入門書としても、精神分析的な概念の入門書としても大変優れたものではあるが、私の羅針盤はまた異なる。私は九龍ジョーの『伝統芸能の革命児たち』をおすすめしたい。私は、九龍ジョーの着眼点や面白がり方、情報の広め方に、信頼を置いている。『伝統芸能の革命児たち』の文章からはその一回きりの落語のライブ感が伝わり、新宿末廣亭の深夜寄席に漂うスニーカーの蒸れたニオイの記述を読むと、私もそこに居合わせたかったという後悔と焦燥に駆られるのである。

 九龍の文章を読めば読むほど、これはその場に居合わせないと書けないものだというのが伝わってくる。体験に固有の価値があり、体験を足がかりにお笑い、音楽、古事記などのジャンルを横断し、闊歩する自由が許されているように思えるのだ。体験のなかに学びがあるという発想は、私たちのタビストックモデルによる精神分析的心理療法の訓練にもつながる。乳児観察であれ、ワークディスカッションであれ、「その場で私が何を感じたのか」が常に問われている。恐ろしいことに、いざ文章にしたり、口頭で説明しようとすると、「自分がどう感じているのか」だけでなく、「何を見たのか」すらなかなか言葉にできない。言葉にしたものが、自分の体験と乖離していることもある。だからこそ、少人数でのセミナーグループでの議論を必要とし、私だけでは考えられなかったことにも連想を膨らませ、観察をベースに物事をより多角的に捉えていくのだ。時に、私には、簡単に受け止められない考えを指摘されることもあるが、そのことを悶々と考え続けた方が、それを手放すよりも遥かに多くのことを教えてくれるように思う。

 

心の豊かさを育む専門家のバックステージ

 

 

 九龍が、『伝統芸能の革命児たち』のなかで触れた項目のうち、もう一つ触れておきたいことがある。「神田松之丞とその時代」で取り上げた「バックステージの可視化」である。九龍は、ブログやSNS、動画配信など個人単位での情報発信が容易になったからこそ、それ以上にバックステージを物語る1枚の画像が重要な作用となる、と指摘している。講談師や落語家の表舞台から見える姿とは異なる表情が見えることで、私たちはぐっと引き込まれるのである。

 私たち精神分析的心理療法を志すものにとって、表舞台とは何であるのか定義しがたいが、人目に晒されない豊かなバックステージでの交流があるのはあまり知られていないと思う。そこでは、自分たちが臨床現場で体験したことをもとに議論を交わすだけでなく、気になる本や映画、音楽、漫画、アニメなどについても意見交換がなされている。私の所属する子どもの心理療法支援会(通称:サポチル)でも、「サポチルスクエア」という企画を通して、こうした交流がある。
 そのバックステージは可視化できるのだろうか。私たちの仕事は、出会う人に特定のイメージを抱かせることをとことん嫌う。だからこそ私は、新しい提案をしたい。私たちは、何を見て、どのように感じ、心の豊かさを確保しているのか、専門家同士でのやり取りは積み重ねてきた。ここでは、「サポチル」という看板を掲げ、集団の専門知として情報発信をすれば、個人が特定されることを避けつつ、私たちが何を見てどう思ったのか、という内容を公にできる。そんな発信が、専門家以外の人との新しい接点になればと考えた。まずは、私が試しにやってみようと思う。

 

*九龍ジョー『伝統芸能の革命児』(文芸春秋,2020) (注:書籍には多様な大衆芸能・カルチャーに関する論考が含まれますが、本書の優れた文化評・表現論として紹介しています。 )

 

本連載は、サポチルに関わる臨床家が、自身の本棚や臨床の背景にあるものを紹介するエッセイです。サポチルは、それぞれの個性と臨床観を持つ専門家一人一人によって成り立つ団体です。その顔ぶれそのものをお伝えしたく、いずれも無署名で掲載します。また、エッセイの多くは会員向け会報に掲載したものを、執筆者の了解を得て再掲載しています。

 

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【サポチルの今後の展望について】

 

日本での子どもと家族の支援は、既に一定の公的な支援が行われています。最近では、子ども家庭庁が設立され、全国の地方自治体に子ども家庭センターが設置され、子どもと家族の支援が進められています。しかし、じっくりと子どもや家族を見つめて支援する姿勢が十分に浸透しているとは言い難いのが現状です。精神分析的アプローチのように、非常に細やかな対応をすることは、現代の日本社会の文化や風土において難しい部分もあるのかもしれません。しかしそうしたアプローチで初めて、いわば救われる子どもや家族がいるのではないかと思います。そのため、公的な支援の枠組みには乗りにくい子どもや家族の支援を引き受けることが私たちサポチルの使命だと考えています。

サポチルは、家庭の経済状況にかかわらず、それぞれが抱えている問題に対して支援を行うことで、子どもたちが健全に成長できる社会を目指しています。サポチルでは、現在子どもたちの支援活動を財政面で支えてくださる方を募集しています。

5000円の寄付で、誰かのワンセッションが無料になります。
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