コラム
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私にとっての絵本体験—それを支えるかけがえのない存在
私は小さな子どもの頃、寝る前に母親に絵本を読んでもらう時間がとても好きでした。同じように感じる子どもたちもいるでしょうし、かつてそうだったと感じる大人もいるかもしれません。私の記憶の中では母親でしたが、他にも、父親、祖父母、兄姉、保育園・幼稚園の先生、自分にとって重要な人など、養育に関わるいろいろな人たちが想定されます。
私は、様々な絵本を読んでもらっていたようですが、記憶に残っているのはほんのわずかしかありません。私が今でも覚えている絵本のひとつに『黒いうさぎと白いうさぎ』があります。有名な絵本なので、知っている人も多いことでしょう。
この絵本が好きだったことを思い出したからといって、大人になった私がその物語の内容までしっかりと記憶しているわけではありませんでした。何となく好きな本だったな、心があったかくなった思い出があるな、よくよく考えると母親に何度も読んでもらったあの時間がとても好きだったな、という程度の感じで思い出されるくらいでした。しかし、こんな感じで記憶をたぐりよせていってみると、絵本を読んでもらったあの部屋の雰囲気、布団の感覚、そして母親の存在感、さらには何か寂しい気持ちと、それが次第にとてもあたたかい気持ちに変わっていく感じが鮮やかに蘇ってきました。子どもにとっては、絵本を読んでもらうあの時間は本当に大切で、かけがえのないものなんだなと思いました。
さて、私はこのような記憶の断片をもちながら、今回あらためて『黒いうさぎと白いうさぎ』を読んでみました。懐かしいなー、こんなお話だったなーと曖昧だった内容が明確になりました。約40年前のあの頃に一瞬だけタイムスリップした感じでした。絵の中の黒いうさぎが本当に悲しそうな目をしていて、当時の自分も本当に悲しい気持ちになっていたんだろうと思い出されました。何度もでてくる「うん、ぼく、ちょっと、考えていたんだ」という黒いうさぎの言葉には、言葉にならない気持ちが伝わってきます。白いうさぎと離れたくない、ずっと一緒にいたい気持ちが痛いほど伝わってくるようでした。
最後は結婚して、めでたしめでたし、なのですが、当時の私はおそらく結婚という概念自体をよく知らなかったにも関わらず、それでもずっと一緒にいて幸せな感じがあって、それをみんなが祝福してくれているのを感じ取って、とてもあたたかい気持ちになっていたのだと思います。大人になった今でさえ、寂しさが満たされていく感じが強く経験されたのですから、もっと繊細で敏感だった子どもの頃はものすごい情緒体験だったのだろうなと思いました。
その後、自分が絵本を子どもに読んであげる立場になってみると、子どもの気持ちを大事にしてあげたいという思いがある一方で、正直早く寝て欲しいな、もうこっちが眠いよと感じてしまう現実がありました。子どもの思いを大事にするというのは、けっこう努力が必要なんだなと学びました。絵本を通して、寂しくなっている私の気持ちを受け止め、あたたかいものにしてくれる存在がいたことがとても重要だったのだなと、今となっては思えます。
一方で、このような絵本体験をはっきり思い出せなかったり、自分にはなかったのではないかと感じられる人もいるかもしれません。絵本の他にも、TVドラマ、小説、映画、漫画、アニメ、お遊戯会や学芸会でやった劇など、子どもと共有できる心の情景や気持ちの描写はたくさんあります。子どものそばで同じものを共有し、そこで喚起される情緒体験を分かち合うことは、絵本に限られたことではないのかもしれません。いずれにせよ、子どもにとって、自分の気持ちを何気なく受け止めてくれる存在は、かけがえないものだと思います。私の場合は、その思い出の中のひとつが「絵本体験」でした。あなたにとってはどんな体験があるでしょうか?普段の生活では忘れていて、思い出しもしない。けれど、よく目を凝らしてみると見つけることができる。そんな小さなかけがえのない記憶の断片を探してみてはいかがでしょうか。
(サポチル理事/サポチル認定子どもの精神分析的心理療法士/臨床心理士:吉沢伸一)
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