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「こころの羽の伸ばし方」#3 レビュー記事:「タゴール・ソングス」:辺縁から聴こえる歌

『ギタンジャリ』でノーベル文学賞を受賞したラビンドラナート・タゴール。
激動の近代インドを生きた 大詩人は、ベンガル地方の自然、神、祈り、過酷な運命、哀しみ、愛の歌を多く生み出した。その歌は今 もベンガルの人々の心に生き続けている。インド国歌もバングラデシュ国歌もタゴールの曲だ。
映画『タゴール・ソングス』は、日本人女性によるドキュメンタリーである。ベンガル文学についての 卒業研究の延長で撮られた初監督作品とのことだ。
路上のチャイ店に立つ人の輪に、夕闇の通りに佇 む若者ラッパーに、骨董収集家に、ファストフードで語らう大学生に、革命を志し 2 度投獄された音楽 家に、カメラを向け、彼らが歌う“タゴールソング”を映しだしていく。
私はインドが大好きだ。祈りも糞便も嘘も真実も生死もえげつないカーストも荒れ狂う神様も恋する 神様も何もかもがそこにある。
インドには音が溢れ返っている。午前 4 時近所のモスクからコーランが 流れ、野良犬が吠え、クラクションの轟音と怒声が聴こえ始め、ドアを激しくノックされ朝のチャイを押 し売りされる。
リクシャへ屋台へ列車へ呼び込む声、砂埃まみれで爆走する窓なしローカルバスに大音 量で流れるボリウッド曲、夕暮れのプージャに流れるトランス状態に陥りそうな幻想的な歌、楽団と共 に練り歩く結婚式参列者達の踊りと歌。果たして、私はこの喧噪と混沌の中に、辺縁で歌われる“タゴ ールソング”を聴きとっていただろうか。
タゴールの歌は、北インドの伝統音楽と西洋音楽がベースとなっており、そこにベンガル各地で民謡 を歌い継いできた吟遊詩人バウルが大きく影響を及ぼしているそうだ。
ベンガルはガンジス川下流の 肥沃な大地だ。同時に長い植民地支配と宗教民族対立による分断の歴史が刻まれている。ベンガルの 人々は、その地に生きる私の人生、暮らし、愛や哀しみ、哲学、そして風や川や草花を歌う。映しだされ るベンガルの人々は、タゴールの言葉を信じ、それぞれタゴールの歌を心に宿していた。
私は、ナイー ムさんが歌う「赤土の道」がとても印象深かった。彼はダッカにあるストリートチルドレンの救援施設で タゴールに触れ、傾倒し、自らギターを弾きながら歌い、子どもたちにも教えている。その青年が列車 の屋根に乗りながら歌うのだ。
♪村を旅立ち 赤土の道を進む 私の心が惹かれる方へ♪ 田園風景 が後景へ去りゆき、彼の歌声は未来へ響く。
私は、軍事独裁政権下で極めて深刻な心的外傷を負い硬く閉じこもるしかなかった少女が、じっと 黙したセッションの後に発した音“レ(D)”を思い出した―音は家族とのつながりだった(『自閉症スペ クトラムの臨床』第 4 章)。
中島岳志氏は「歌は私に訪れる。悲しみや喜び、怒り、痛み、そして愛がやっ て来た時、私たちに歌が宿る」と本映画にコメントを寄せている。辺縁で発せられる声は、社会や常識 や大きな声によって、いつもかき消される。
そういった声は、何年もかけてお互いに年を取りながら、共に途方に暮れながら過ごした後に、聴こえてくるのかもしれない。
ただそのようにして生まれてきた 声は、どれだけ小さくか細くても、受け手の心に強く響く。そうだ、誰かの歌ではなく、「わたし」の歌、 心からの歌は、とてつもなく強いのだ。
本連載は、サポチルに関わる臨床家が、自身の本棚や臨床の背景にあるものを紹介するエッセイです。サポチルは、それぞれの個性と臨床観を持つ専門家一人一人によって成り立つ団体です。その顔ぶれそのものをお伝えしたく、いずれも無署名で掲載します。また、エッセイの多くは会員向け会報に掲載したものを、執筆者の了解を得て再掲載しています。
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