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「こころの羽の伸ばし方」#8レビュー記事:『82年生まれ、キム・ジヨン』

このサポチルスクエアのバトンが回ってきたとき、私は「ふつつかな悪女ではございますが 〜雛宮蝶鼠とりかえ伝〜」というタイトルの「入れ替わり譚」のネットマンガを題材に、投影同一化の不可思議さについて書くつもりだった。入れ替わった「相手」の「中身」は自分だが、なぜか相手の本来の「中身」の持つ性質も獲得しながら、複数のヒロインがそれぞれ成長し、大冒険して協力し悪を倒す痛快活劇である。このマンガを楽しく読んでいると、メラニー・クラインが投影同一化の着想を得たとされる、ジュリアン・グリーンの小説「もし私があなただったら」を読解しながら著された論文「同一視について(On Identification 1955)」をはじめとする、投影同一化に関する重要な古典的論文がすこしは読みやすくなる……気がする……。
しかし、さて書こうかなという段になって、数年前、隠れ家バーで意気投合したある女性から「ぜったい読んでほしい……」と言われ、しばらく忘れていたものの、SNSの書評で面白そうと思ったので購入し「積ん読」していた書籍と目が合った。……というわけで、夏休みの読書感想文の宿題さながら、私はこの『82年生まれ、キム・ジヨン』を今回、ご紹介しようと思う。本書は、2016年秋の韓国での刊行以来、百万部以上という売れ行きを記録し、社会現象ともなった小説である。
この小説は、「産後うつ」のため、週2回45分のカウンセリングを受けている女性、キム・ジヨン氏の談話をもとに構成される。セラピストの介入については描かれていない。序盤の、ヒロインより上の世代が「正月に『嫁』が縁起物の料理の支度を当然のように担当し、自分の実家には帰れない……」という逸話を皮切りに「ジワジワくる」ネタが満載である。差別や社会的な不利に耐えながら努力を続ける主人公の話を読んでいて、それが「状況」の描写ばかりで人間どうしの生の交流が乏しいように私は感じ、苦くて重くて乾いた気分になって、だんだん読むのが辛くなってしまった……。そんなわけで中盤で巻末の解説(これがまた秀逸である)に浮気したのち、本編に戻ってやっと読了した。
心労も極限にあったキム・ジヨン氏は、公園でふと耳にした、自分に対するヘイト・スピーチとおぼしき「ママ虫」という言葉を機に崩壊する。ネット・スラング、社会的な因習にまみれた決めつけ、無理解、侮辱、搾取、それに抵抗することもできず圧殺されてしまう心……。なんだかスプリッティングと「投影しっぱなし」「投影されっぱなし」ばかりの殺伐とした世界に見えてしまう。キム・ジヨン氏を支援するにはどんな方法があるだろうと思ってしまう。
本書を社会的な問題提起とする読み方もあるし、フェミニズム小説にカテゴライズされることもありうるだろう。だけど私は、人間としての相互の交流の可能性はなんだろうということを、本書の読後感として最も強く持たずにいられない。セラピストをなりわいとするあなたに、「ねえ、どう思う……?」と話しかけたくなる一冊である。
出典:チョ・ナムジュ. (2018). 『82年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子 訳). 筑摩書房.(原著2016年刊行)
尾羊英(画), 中村颯希(原作). (2021). 『ふつつかな悪女ではございますが 〜雛宮蝶鼠とりかえ伝〜』(1). 一迅社.
Green, J. (1947). Si j’étais vous… Plon.
Klein, M. (1955). On identification. In Envy and gratitude and other works, 1946–1963 (pp. 141–175). Delacorte Press.
本連載は、サポチルに関わる臨床家が、自身の本棚や臨床の背景にあるものを紹介するエッセイです。サポチルは、それぞれの個性と臨床観を持つ専門家一人一人によって成り立つ団体です。その顔ぶれそのものをお伝えしたく、いずれも無署名で掲載します。また、エッセイの多くは会員向け会報に掲載したものを、執筆者の了解を得て再掲載しています。掲載内容にお気づきの点がございましたらお問い合わせください。
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