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「こころの羽の伸ばし方」#7生きることを描く-葛飾北斎と『北斎漫画』

私は自分を、芸術に詳しいほうだとは思っていない。けれど、中学生の頃、葛飾北斎の富嶽三 十六景神奈川沖波裏を見たときの衝撃はいまも鮮明だ。荒々しい大波がまるで生きているかのように描かれ、その躍動感と臨場感に心を奪われた。日本にこんな絵師がいたのかと、誇りに思い、北斎は天才だと感じた。それ以来、浮世絵には惹かれ、美術館へ足を運ぶようになった。
さて、本題に入ろう。北斎漫画とは、葛飾北斎が多くの弟子のために描いたスケッチ集・絵手本だ。そこには動物、風景、人々の仕草、妖怪まで、ありとあらゆる「生きるもの」が、驚くほど生き生きと描かれている。筆の速さや線の冴え、ちょっとした笑いのセンスまであって、北斎の観察眼と遊び心が伝わってくる。私が最も惹かれるのは、そこに北斎の哲学が表れている点だ。北斎の描く自然や人々からは、北斎がそれらを慈しみ愛していたことが伝わる。美しい富士も、汗だくの職人も、笑う人も、喧嘩する人も全てを同じ眼差しで描いている。そこには軽蔑や理想化もなく、「あるものは、あるままに」見つめているその姿勢が絵に確かな生命を与えている。
臨床もまさに同じだと思う。人のこころにある光と影、理屈では語れない衝動や痛みを裁かず に「見つめきる」ことだと思う。精神分析の営みは、まさにその姿勢に支えられている。
北斎は、90 年の生涯で画風を変え続けた。19 歳でデビューし、70 年に及ぶ画業の中で、様々な流派を学んだ。一つの流派に身を捧げるのが当たり前の当時としては、異例のことだった。北斎は常に自分が描きたい作品よりも、人々に求められている作品を考え抜いた。時代に合わせ、 人々が求めていることを敏感に感じとり、それに応えようと工夫を重ねてきた絵師だった。だからこそ、北斎漫画は特定の誰かのための高尚な芸術にとどまらず多くの人に開かれたものになった。そして、北斎は死ぬまで自分の実力に満足せずに、もっと絵を上手く描きたいと思い続け、 努力をし続けた人でもあった。何より、絵が描くのが好きだということが作品を通じて熱烈に伝 わる。
私は北斎のように天才にはなれない。しかし、北斎の生き方を学ぶことはできるかもしれない。そして、最後に思うのは、今の時代に人々はどのような臨床を求めているのか。精神分析は、どのようなかたちで人の生活や苦悩に応えることができるのか。北斎がそうであったよう に、私もまた、時代と人々との声に耳を済ませながら、臨床のあり方を考え続けていきたい。
出典:葛飾北斎. (1814). 『北斎漫画』初編 [刊本]. 国立国会図書館デジタルコレクション.
本連載は、サポチルに関わる臨床家が、自身の本棚や臨床の背景にあるものを紹介するエッセイです。サポチルは、それぞれの個性と臨床観を持つ専門家一人一人によって成り立つ団体です。その顔ぶれそのものをお伝えしたく、いずれも無署名で掲載します。また、エッセイの多くは会員向け会報に掲載したものを、執筆者の了解を得て再掲載しています。掲載内容にお気づきの点がございましたらお問い合わせください。
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